1911〜1920
 
1911(明治44年)
25
  長男太郎誕生、父・竹二郎の計らいでアトリエを赤坂区青山北町に構える。『新潮』に挿し絵を連載。名取春仙、仲田勝之助とともに『漫画と訳文』を出版。
1912(明治43年)
26
  朝日新聞社に入社、この頃より放蕩が始まる。東京朝日新聞に漫画連載。
1913(大正2年)
27
  朝日新聞に漫画連載。長女豊子誕生。かの子神経衰弱のため入院。
1914(大正3年)
28
  長女豊子死去。『探訪画趣』刊(朝日新聞に掲載の作品集、夏目漱石・杉村楚人の序文)かの子と別居、同居を繰り返す。
1915(大正4年)
29
  次男健二郎誕生、半年で死亡。新聞社の漫画記者を集め東京漫画会を組織する。
1916(大正5年)
30
  精神的苦境解脱のため豊年斎梅坊主に弟子入りしカッポレを踊る。東京朝日新聞に「漱石氏小説中の人物」連載。
1917(大正6年)
31
  かの子とともに宗教に救いを求める。恒松安夫、源吉が岡本家に秘書として同居。
1918(大正7年)
32
  『良友』に「平気の平太郎」連載。父・竹二郎より家督相続を受け戸主となる。この頃かの子に自分の一生を捧げることを決意。
  
 

《漱石八態》

 

 

《辻斬り》(油彩)

 

『平気の平太郎』