1931〜1940
 
1932(昭和7年)
  46歳
    3年間のロンドン、パリ、ベルリン滞在を終え帰国。近藤日出造、横山隆一、杉浦幸雄らと新漫画派集団結成。
1934(昭和9年)
  48歳
    かの子と川端康成を訪れ、かの子小説の指導と世話を依頼する。
1939(昭和14年)
  53歳
    かの子死去に伴い、遺稿を整理し発表しはじめる。信州旅行の際、浜松で山本八重子と知り合い同居。
1940(昭和15年)
  54歳
    国民歌謡「隣組」(一平・作詞、飯田信夫・作曲)がラジオ放送。夏、太郎帰国。
 
   
     
       
       
       

   

アトリエの一平

   
 
 
《かの子観音》