1941〜1950

1941(昭和16年)
  30歳
 
第28回二科展に滞欧作品《傷ましき腕》を出品。銀座・三越で滞欧作品展開催。
1942(昭和17年)
  31歳
 
召集を受け、二等兵として中国の前線へ出征。
1946(昭和21年)
  35歳
 
終戦をむかえ、6月佐世保港に復員、東京青山に戻るが、空襲により作品と蔵書の全てを失う。
1947(昭和22年)
  36歳
 
東京・上野毛にアトリエを構え、制作を始める。二科会会員に推挙される。この頃より自らの芸術理念の核として「対極主義」を提唱。
1948(昭和23年)
 
37歳
 
花田清輝、埴谷雄高らと「夜の会」を結成し前衛芸術運動を開始。父・一平死去(享年62歳)。8月には「アヴァンギャルド芸術研究会」を発足。
1949(昭和24年)
  38歳
 
第34回二科展に《重工業》を、翌年第35回二科展に《森の掟》を出品。

横浜市内にて 上野毛のアトリエ 一平のデスマスクを描く




《重工業》   《森の掟》